神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)1257号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
二<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ<る。>
1 県警本部は、昭和五二年七月五日別表六・七事実の被害者木村修からの通報により、右事実の捜査の端緒を得た。
右事件を管轄する姫路署には、すでに別表三事実の被害者前川武則からも被害届が提出されていたが、さらにその後、県警本部の調査により、別表一・二事実について網干署に告訴状がまた別表四・五事実について竜野署に被害届が、それぞれ提出されており、右各警察署ともすでにその裏付け捜査に着手していることが判明した。
そこで県警本部は、右のように原告についての被疑事件が七件の多数にのぼり(以下右の七件を「本件各事件」という。)、加えて三警察署に事件が分散していたことなどから、同年一〇月一日ころ右事件を同本部刑事部捜査第一課で一括して捜査、処理する方針を立て、同課強行第一係がこれを担当することとなつた。
同係では、西山龍警部を主任官とする九名の警察官が、同年三月二七日ころ同県飾磨郡夢前町において発生した殺人事件について、姫路署の警察官一〇名とともに捜査本部を結成し、すでにその捜査を継続していたが、同警部は、右捜査員のうち小池富雄警部補ほか三名を殺人事件の捜査からはずし、同人らをもつて本件各事件のための捜査班(以下「本件捜査班」という。)を組織し、同警部の指揮のもとにもつぱらその捜査を担当させることとした。
2 本件捜査班は、当初昭和五二年末までに本件各事件の処理を終える方針を立て、網干署及び竜野署から関係書類を姫路署へ取寄せるとともに、別表六・七事件の被害者木村修の供述調書、同六事実の犯行場所であるスタンド「美津」の経営者の供述調書等を準備し、同年一〇月一日、同六・七事実を被疑事実として、原告に対する逮捕状の発布を受けた。
しかし、同班は、同三・七事実には原告の経営する打越総業の関係者が共犯者として多数関与しており、これらの者に対する捜査が未だ不十分であつたため、原告に対する強制捜査を開始することにより、右共犯者らに捜査の進行状況を察知され、その逃亡や通謀等による罪証隠滅により、その後の捜査への支障が生ずることをおそれ、右逮捕状の執行を差控えていた。
ところが、同月二七日、原告が警察官職務執行法三条一項により泥酔のため姫路署に保護されたことから、同班は、これを契機として、原告に対する強制捜査に着手することとし、県警本部の司法警察員巡査部長鎌田鉄舟は、原告が酔いから醒めた翌二八日午前九時三五分、右逮捕状により原告を逮捕した(引致場所、姫路警察署)。
3 翌二九日、右事件が神戸地方検察庁姫路支部検察官に送致され、同検察官は、同日神戸地方裁判所姫路支部裁判官に対し、原告についての勾留を請求した。
その際、原告の勾留場所を本町拘置支所代用監獄明石署留置場としたが、これは次の理由によるものであつた。
(一) 原告が逮捕の被疑事実を否認し、同月二八日午後七時四〇分に逮捕された別表七事実の共犯者松田栄次(以下単に「松田」という。)もその被疑事実を否認しており、同人らの通謀による罪証隠滅を防止するため、同人らを分散留置する必要があつた。
(二) 原告及び松田とも、姫路市において知人等が多いことから、姫路警察署留置場に留置すれば釈放されていく同房者らを介して、証人や参考人らに対し罪証隠滅工作を行なうおそれがあつた。
(三) 別表七事実の共犯者柴立耕作は、当時逃走中であり、前同様の方法により通謀のうえ罪証隠滅をするおそれがあつた。
右請求を受けた神戸地方裁判所姫路支部裁判官松本克己は、同月二九日、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり、かつ逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとして、
勾留場所を本町拘置支所代用監獄明石署留置場と指定したうえ、原告に対する勾留状を発布し、原告は、同日午後一時三五分同留置場に勾留された。
4 本件捜査班において、原告に対する取調べは小池警部補が担当し、まず逮捕の被疑事実である別表六・七事実の取調べが開始された。原告は、当初両事実について単純否認を重ねたが、その後昭和五二年一一月五日ころまでに同七の事実の共犯者が柴立耕作であることを自供するなどした。しかし同月七日、前記裁判官により、共犯関係の取調べになお日時を必要とするとの理由で同月一七日まで勾留期間が延長され、その期間満了日に原告に対する公訴が提起された。
同月九日共犯者の柴立耕作が逮捕されるに至つて同六・七事実についての原告の取調べは終了し、そのころから、本件各事実のうち共犯者数が最も多いと予想された別表三事実の取調べが開始されたが、原告は、当初同事実も否認し、共犯者らについても否認、黙秘していたが、同月一一日ころ共犯者の一人が新垣亀芳であることを自供するに至つた。
そこで本件捜査班は、まず同人に対する取調べをした後に原告を取調べることとし、原告については右事実の取調べを中断して同四・五事実の取調べに入つたところ、原告は、当初右両事実についても否認したが、同月二八日ころにはこれを自供した。
その後、前記中断していた同三事実並びに同一・二事実についての取調べが行なわれたが、原告は、同三事実については共犯とされている者の犯行である旨弁解して犯行を否認し、同一・二事実については全面否認する状況であつた。
原告は、前記のとおり同六・七の事実により同月一七日起訴された後は、起訴後の勾留としてその身柄を拘束され、したがつて、同日以降の右両事実以外の本件各事実についての取調べは、起訴後の勾留中の余罪の取調べとして行なわれた。しかし、同捜査班は、同一・二事実については、その犯行の態様如何により、同六・七事実(暴行、共同暴行)より重罪である強盗が成立する可能性があり、余罪の取調べとして許される範囲を越えるおそれがあるため、あらためて同一・二事実について逮捕勾留の手続を経るのが妥当であると判断した。そこで原告は、同五三年一月五日右両事実により再逮捕され、同月七日、神戸地方裁判所姫路支部裁判官前坂光雄発布による勾留状により勾留されたが、勾留場所については前同様の理由により明石署留置場とされた(なお、原告は、同五二年一二月末ころから同五三年一月五日までの間本町拘置支所に移監されていた。)。
その後原告は、主として同一・二事実及び同三事実について取調べられ、同月二六日まで勾留期間が延長されたが、一部の事実を自供したのみで、同日同一・二・四・五事実について、同年二月二日同三事実について各公訴が提起されるに至つたが、同三事実の共犯者のうち未だ逮捕されていない者があり、さらに原告に対する別件の恐喝被疑事件(その後、検察官に事件送致されたが、公訴提起には至らなかつた。)の取調べに期間を要したため、同年三月三日まで明石署留置場に勾留され、同日本町拘置支所に移監された。
5 原告は、昭和五三年七月三日神戸地方裁判所姫路支部において、別表一ないし七事実により懲役一年六月の判決を受けたが、原告の控訴により同年一一月一四日大阪高等裁判所において懲役一年四月の実刑判決を受け、同判決は確定した。
右第一審の公判手続において、別表六・七事実を立証するため検察官から提出された証拠書類は原告の供述調書八通、共犯者松田栄次の供述調書六通、同柴立耕作の供述調書四通、被害者の供述調書六通、参考人の供述調書六通、検証調書一通、原告の前科調書及び身上調査照会回答書各一通の合計三三通であるが、そのうち同五二年一〇月二八日原告の逮捕以前すでに収集されていたものは原告の身上調査照会回答書、被害者の供述調書二通及び参考人の供述調書二通の合計五通のみであり、同判決において右両事実を認定するための証拠として採用されたもののうち右逮捕後に収集されたものは二〇通である。
また右公判手続において、同一ないし五事実を立証するため検察官から提出された証拠書類は合計一〇二通であり、原告の逮捕後に収集されたものは八三通である。
6 原告については、昭和五二年一一月一七日同六・七事実による勾留中に公訴が提起されて以降、罪証隠滅や逃亡のおそれがあること等を理由として勾留期間の更新が重ねられ、前記一審判決以降も勾留期間の更新が行なわれた。
7 本件捜査班は、原告に対する本件各事件の共犯者を割出すため、殺人事件の被害者のものを含む数枚の写真を原告に示したことはあるが、その際ことさら同事件の事情を聴取したことはない。
また、小池警部補は、原告に対する取調べの最終段階である昭和五三年三月一日ころ、殺人事件について原告と雑談したことはあるが、右殺人事件について原告を取調べたことはない。
三以上の事実によれば、原告に対する逮捕・勾留は、本件各事実の捜査のため正当かつ必要なものであつたことが明らかであり、殺人事件についての捜査の端緒等を得る目的で行なわれ、また、その目的のために本件各事実についての捜査を不当に緩慢にした違法な別件逮捕であつた旨の原告の主張は到底採用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
四ところで、被疑者の勾留は、被疑者の逃亡及び罪証隠滅を防止し、捜査の実行及び将来の審判の適正を確保するために行なわれるものであり、その目的は被疑者の身柄を拘束する勾留自体により一応達成されるものではあるが、勾留の場所の指定についても勾留の目的にそつて決定されうるものであることは当然であり、したがつて罪証隠滅を防止するため、被疑者の接見交通の便宜、防禦の準備等を不当に不利益にしない限度において、右に適した場所に被疑者を勾留することが許されるものといわなければならない。
本件においては、裁判官松本克己が原告の勾留場所を明石署留置場としたのは、前記認定のとおりの理由からであつて合理性が認められ、また原告に対し不当に不利益を課すものとも認められないから、勾留場所の指定が違法である旨の原告の主張も採用することができない。
五<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ<る。>
1 原告は、昭和五二年一〇月当時、兵庫県姫路市内において打越総業という名称で土木作業工事及び人夫の手配等の事業を営み、経営者である原告が番頭の松田とともに、人夫の募集、工事請負の受注及び集金等の業務を担当し、林栄造、内園某ら数名の者をして各作業現場における人夫を指揮、監督させていた。
2 原告は、最初の逮捕の翌日である昭和五二年一〇月二九日、弁護士川村寿三を弁護人に選任した。
3 西山警部及び小池警部補らは、当初、原告が打越総業、その飯場、取引先、弁護人などへの電話連絡を求めた際には、明石警察署の警察電話の利用を認めたが、その利用回数がしだいに頻回となつていつたことから、昭和五二年一一月二五日以降はその通話料金を原告自身に負担させることとした。同日以降、原告が本町拘置支所に移監される昭和五三年三月三日までの間の原告の電話利用は、川村弁護人に対するものが二六回、折越総業、その飯場、取引先等に対するものが一五回であり、打越総業等に対するもののうち通話時間が一〇分以上のものは八回、最長時間は四一分であつた。
4 原告は、逮捕の翌日である昭和五二年一〇月二九日、姫路署において打越総業の従業員である林栄造らと面会し、その営業について同人らに対し番頭の松田の指示に従うよう指示した。
5 ところが、右松田も前記認定のとおり逮捕されたことから、右林が打越総業の事務を管理することとなつた。そこで同人が同年一一月初めころ、打越総業の従業員二、三名とともに姫路署に西山警部を訪ねて原告との面会を求めたところ、同警部は、右従業員らの身元が確認できないため、川村弁護人を介して面会の要請をするよう指示したので、林らも納得して引揚げた。林は、同月四日姫路署に西山警部を訪ね、打越総業の取引先からの集金のため、原告の委任状を必要とする旨申し出たところ、同警部は、これに応じ、小池警部補を介して原告作成の委任状を取寄せ、これを林に交付した。
6 林は、その後折越総業の事務の管理を十分にしないまま、これを放棄して、同月一七日ころ折越総業から出て行つてしまつた。
以上の事実によれば、西山警部らが原告に対し正当な理由なく面会を制限したことはなく、かえつて、その営業のため電話連絡することを許し、委任状を取次ぐなどして原告の営業に対し十分な配慮をしていたことが明らかであるから、原告に対する面会を不当に制限したためその営業上の指示に支障をきたした旨の原告の主張も到底採用することができない。
(中川敏男 上原健嗣 服部廣志)
別表
一 昭和五二年二月一七日午後九時三〇分ごろ、兵庫県揖保郡御津町釜屋八八番地先路上で有限会社中央タクシーの運転手花田茂樹(当時二八年)の運転するタクシーに乗車し、姫路市内に向う途中、乗車料金の支払いを免れようと企て走行中の車内において、同人に対し「つけにしておけ」と申し向け、同人がこれを断わるや「つけにしておけ。つけにせんだつたら俺には飯場に若い者が三〇人もいる。若い衆に行かせて田舎タクシーなんかつぶしてやる。それでもええんか。」と重ねて申し向け、同人の後頭部に一万円札一〇枚位の束を投げつけ、その要求に応じなければ同人の身体等に如何なる危害を加えるかも知れない気勢を示して同人を畏怖させ、同人をして姫路市西魚町一八番地キャバレー「ニュー姫路」まで運転させ、その際さらに同人に「つけにしとかんかい。」と怒号し、同人をしてタクシー乗車料金二、一二〇円の請求を断念させ、その支払いを免れて同金額相当の財産上不法の利益を得
二 同月二七日午後八時四五分ごろ、前記御津町釜屋八八番地先路上で前記中央タクシー運転手井上芳美(当時四二年)の運転するタクシーに乗車し、姫路市内に向う途中、乗車料金の支払いを免れようと企て、走行中の車内において、同人に対し「つけにしておけ。」と申し向け、同人がこれを断わるや「タクシー代がつけられんのならつけられるようにしてやる。車を停めい。」と怒号して同車を姫路市大津区恵美酒町一丁目三六番地先の国道二五〇号線北側路上に停車させ、降車するや同車の左側後部ドアを足蹴にし、同人の胸倉をつかんで運転席から車外に引きずり出し、同所付近空地において同人の左腕を一回足蹴にする暴行を加えさらに同人の身体等に如何なる危害を加えるかも知れない気勢を示して同人を畏怖させ、乗車料金八二〇円の請求を断念させ、その支払いを免れて同金額相当の財産上不法の利益を得たが、その際、前記暴行により同人に対し、加療三日間を要する左腕関節打撲挫創の傷害を負わせ
三 新垣亀芳及び古藪輝雄ほか約九名と共謀のうえ、同年三月一七日午前九時四五分ころ、姫路市書写字段之元一八九の一番地先路上において、四トンダンプカーを運転していた前川武則(当時三四年)に対し、ささいなことに因縁をつけて同人を呼びとめて車外に引きずり出し、こもごも同人の顔面、胸部、腹部を手拳で殴打したり足蹴にし、付近の田圃に逃げる同人を追いかけて転倒させる暴行を加え、よつて同人に対し加療約一週間を要する左胸部挫傷の傷害を負わせ
四 同月二五日午後八時五〇分ごろ、兵庫県揖保郡太子町 一五七番地スナック「正ちやん」店内において、同店手伝い東田和子(当時一六年)に対し、ささいなことに立腹して同女の左膝部を一回足蹴にする暴行を加え
五 前同日午後九時一五分ごろ、同町 一、三一五番地の一株式会社太子タクシー事務所内において、同社事務員前田史子(当時六三年)に対し、同女が乗車料金未払いを理由にタクシーの配車を断わつたことに因縁をつけ、事務用椅子一脚を持ち上げて同女めがけて投げつけ、同女に加療約一週間を要する左下腿打撲症の傷害を負わせ
六 同年七月四日午後九時四〇分ころ、姫路市田寺字西之口二二七番地スタンド「美津」店内において、飲食店木村修(当時三七年)に対し、ささいなことに因縁をつけ、自動車用ジャッキで同人の頭部を一回殴打する暴行を加え
七 柴立耕作と共謀のうえ、前同日午後一〇時一〇分ころ、姫路市打越九三〇番地所在の自己が経営する打越総業の飯場階下八畳の間に右木村修を連れ込み、同所において、こもごも同人の顔面、胸部、腰部を数回手拳で殴打し足蹴にし或いはビールをかけるなどし、居合わせた松田栄次が被告人らと意思相通じてその場から逃げようとした同人の首筋を掴み、もつて数人共同して暴行を加えた。